ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

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ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」教材の評価と展望 瀬沼花子
臼田 三知永
東京理科大学特任教授
臼田 三知永
Michie Usuda
(元東京都立小松川高等学校長)
東京都の公立中学・高等学校数学科教員として、コンピュータを活用した授業作りに取り組んだ。東京都立小松川高等学校長を経て現職。元全国高等学校長協会大学入試対策委員会副委員長
ジェンダー平等に関する体験を通した考察
1.はじめに

20年以上前になるが、「数学とジェンダー」の研究[1]で、瀬沼花子先生に協力させていただく機会があった。その中のインタビュー調査で、昭和17年から5年間、東京女子高等師範学校で助教授として活躍された小林和子先生の自宅を訪問した。このインタビューは、私は「女性教員としての使命」に気付きを与えてくれた。ここでは、私の数学教員としての体験を交えながら、ジェンダー平等について考えてきたことを記す。

2.小林和子先生のインタビューより

小林先生は穏やかな口調の高齢女性であったが、楽しそうに数学の話をすることに驚いた。恥ずかしい話であるが、インタビューの前、「どうせ昭和初期の女子に対する数学教育のレベルは低いに違いない」と考えていたからである。良妻賢母が美徳とされている時代に、女子が高等数学を学べることすら疑問に感じていた。このような考えそのものが偏見であった。

小林先生ご自身が高等女学校で使用していたという数学の教科書は、私が持っていた偏見を一蹴させてくれた。微積分においては、現行の数学Ⅲとレベル的に同等以上だと感じた。また、教科書の中には、洋服の袖山の製図とサインカーブの関係が分かる挿絵もあり、日常生活と関連した数学教育が行われていたことも分かった。驚いたことに小林先生の高等女学校では、よりレベルの高い旧制中学校(男子のみ)の教科書も併用していたという。

女性には参政権もない昭和初期の日本で、一部とはいえ女子が数学を学ぶことができたのが不思議だった。国としてのねらいは何なのか。これに対して小林先生は、「数学が得意な男子を育てることが期待されているのだろう」と話された。つまり、国は数学者としての女性を期待していない。期待しているのは、数学ができる男子である。数学ができる男子を育てるためには、数学の面白さを語れる母親が必要なのだ。つまり、女性本人の能力ではなく、「母として、息子に数学の面白さを教えることで、数学ができる男子が育つ」という賢母が期待されているのだ。この「からくり」に対して私は途方もなく腹立たしさを感じた。しかし、次第に「女性教員として数学好きな子供を育てることが期待されている」と自分なりに納得し、教員生活を送った。

3.母親の意識

今から15年以上前の授業では、「数学なんて何の役に立つの?」という生徒の声は日常的であった。特に女子生徒からの声が多かった。その度にムキになって生徒を説得しようとした。しかし、「私のお母さんも、数学なんて役に立たないと言っている」という声には本当に困った。母親の考えが子に影響しており、小林先生がおっしゃっていたことと同じである。私は無力感さえ感じた。

高3を担任していたとき、「理系の大学に進学したいが、親が反対している」という女子生徒がいた。クラスで最も数学ができる生徒だった。三者面談で母親は「娘ではなく、息子だったら理系の大学に進学させることも考えますが・・・」と、娘の進路希望をあっさりと否定し、すぐ下の弟には大学に進学させたいと付け加えた。

4.OECDの中で最下位

OECDのEducation at a Glance 2021レポート[2]によると、STEM(自然科学、技術、工学、数学)分野の高等教育機関に進学する女子の比率において、日本は比較可能な36カ国の中で最下位であった。2019年の新入生において、自然科学・数学・統計で女性占める割合が、OECD平均52%、EU平均54%であるのに対し、日本は27%である。この数値は、2番目に低いベルギーの40%をはるかに下回っている。

私が2年前まで勤務していた高等学校では、毎年25名程度の理系進学希望の女子がいた。しかし、STEM分野を希望する女子生徒は5名程度とわずかであった。理系女子の多くは、数学Ⅲを履修しないクラスに在籍していた。女子生徒は、理工系学部よりも、将来の職業が見える看護学部や薬学部を目指す傾向にあり、これらの学部では受験科目に数学Ⅲが含まれていないことが原因である。

その頃、ジェンダー平等の難しさを象徴する出来事があった。2018年、全国10大学の医学部医学科入試で女性受験生が減点されていることが発覚したのだ。幸い、2021年度入試では、全国81の医学部医学科入試の男女別合格率において、女性(13.60%)が、男性(13.51%)を初めて上回った[3]ので、ひとまず安心した。

5.私の実践より

ジェンダー平等を意識し、定番として取り上げてきた教材があるので、2点紹介する。いずれも、女性の興味が高いと考えられる分野と数学を関連させたものである。

(1) 台所・衣類と三角関数

三角関数のグラフを学習した後の授業で、野菜に紙を巻き、斜めに切るという実習を行ってきた。当初は洋服の型紙を教材として使用していたが、家庭科で被服実習を行う生徒が減ったことから、洋服の袖を切り開く方法に変更した(図2、3)。その上で、図1の3種類の曲線と袖のデザインとの関係を考えさせると、数学を苦手な生徒も真剣に取り組む。自分が着用している洋服の袖から曲線を連想する生徒も現れる。「毎日サインカーブを身に付けている」という声があがる度に、私は満足感を覚えたものである。

(2) 出産と指数関数

指数関数の授業では、必ず合計特殊出生率を取り上げてきた。最新の日本の合計特殊出生率を扱うことで、生徒は他人事ではなく、自分の事として考えるようになる。具体的には、自分と同学年を第0世代でa人とする。自分たちの子の世代を第1世代、孫の世代を第2世代、・・・ と考え、モデル化する。第x世代の人数をy人とすると y = a(合計特殊出生率/2)x という式が成り立つ。図4では、自分たちの世代を100万人、合計特殊出生率を1.36[4]としてシミュレーションをしている。自分たちのひ孫のひ孫は10分の1の人数しかいないことに気が付く。さらに、図5のようにグラフに表すと、生徒はかなり衝撃を受ける。自分の子孫に想いを馳せることで、身近な生きた教材となる。「このままでは、日本語を話す人がいなくなってしまうのではないか」という文化の継承に関する危機感までもっていけると、いっそう社会へ目が向くことも期待できる。

6.おわりに

コロナにより、日本では情報関連の人材不足が鮮明になった。適する人材として、男性だけに目を向けている状況ではなくなった。ようやく、女子生徒が理学部や工学部に進学することが求められ、数学Ⅲを履修するのが自然な時代になったと嬉しく思う。セオドア・ルーズベルトの言葉にBelieve you can and you’re halfway there.(自分ならできると信じれば、もう半分は終わったようなものだ。)がある。日本の女性がSTEM分野で活躍できると信じることができるよう、社会全体で後押しをしてほしい。

7.参考文献