ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

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ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」教材の評価と展望 瀬沼花子
木村 百合子
筑波大学大学院生
木村 百合子
Yuriko Kimura
筑波大学大学院 人間総合科学学術院 人間総合科学研究群 教育学学位プログラム 博士後期課程 数学教育学分野
ICME14におけるジェンダー関連会議についての報告

2021年7月11-18日,世界各国の数学教育学研究者たちが4年に一度集まる,国際数学教育学会第14回大会(The 14th International Congress on Mathematics Education; ICME 14)が中国・上海で対面とオンラインの併用で行われました.ICME 14では,総会や基調講演,招待講演のほか,トピック別分科会(Topic Study Group; TSG)が開かれていました.このトピック別分科会では,トピックごとに研究者たちが集まり,それぞれの重要課題について議論したり,研究発表をしたりします.ICME 14では全部で62の分科会があり,その53つ目のトピックとして,ジェンダーと数学の問題に関連する「TSG 53 数学教育における公正 (Equity in Mathematics Education)」が設置されていました.私はこの分科会でポスター発表をしました.今回はこの分科会についてご報告します.

TSG53は,以下の3つの認識に基づいて,数学教育における公正の核となる考えを示しています.

つまり,①では,等しく学校で数学を学んでいたとしても,そこには社会的・文化的カテゴリーに基づいて排他的な経験をする生徒が少なからずいるという事実を直視する必要があるということです.例えば,本人の能力や意欲とは関係なく,「数学は男子向き」「女子は数学が苦手」といったステレオタイプによって区別されたり,自分で自分をそう認識したりすることで,授業中に居心地の悪さを感じる生徒がいること,そして,そうした居心地の悪さは,その場限りではなく,歴史的にも,社会的にも,個人間でも共有されていることが言えます.②では,そうした居心地の悪い生徒に合わせた教育の機会を考える必要があるということ,そして,③では,①と②で示した問題や今後の方針は,数学教育に対する批判的な見方や,数学教育をより良く改善していこうとする動きと関連しているということを示しています.

分科会では,上記の3つの考えを共有する様々な研究が発表されました.例えば,香港のTIMSS2015のデータ分析を通して生徒の背景と成績の相関を分析したり,アメリカの教員志望の学生が人種主義的なイデオロギーのもと生徒をどう認識しているかをケーススタディのなかで明らかにしたり,ムンバイの視覚障害をもつ生徒にとっての数学教育を考察したり,キプロス共和国における移民の生徒が参加する母国語ではない言語での数学科授業の実態とそこでの公平性を検討したり,ほかにも,インド,チリ,ブラジル,イタリア,メキシコ,ネパール,ドイツ,ニュージーランドからの参加者が「数学教育における公正」に関する研究結果と中心課題を提示していました.

私はその分科会のポスター発表で参加しました。私の発表では,数学学習者としての生徒のアイデンティティが,数学科授業においてクラスメートや教師との相互作用を通して男性らしさと女性らしさのカテゴリーに当てはめられること,そしてその基本骨格には「自己」と「他者」と「数学」があり,それぞれが複雑に関わることを主張しました.分科会のなかには,私のポスターで引用した論文の著者の先生方がご参加されていたのでとても有意義な会でした.

ICME 14では,上記のイベントのほかにも,国際女性数学教育団体(International Organization of Women and Mathematics Education; IOWME)による会合も開かれました.この団体は,ジェンダーと数学の関係に関心がある人のためのネットワークとして,様々な情報提供がなされています.最近では,Facebookを使った交流が主となりつつあります.今回の会合では,2021年12月に数学教育研究雑誌(Mathematics Education Research Journal)にジェンダー特別号が刊行されること,そして近年の女性数学者の情報の共有をしました.現在,すでにジェンダー特別号が刊行されています.2月末までアクセス・フリーですので,ご関心のある方は最新の数学教育におけるジェンダー研究を閲覧することができます.

コロナ禍によるオンライン開催という制約のなかで,国際的に研究者たちが一堂に会し,一つのトピックについて議論するICME 14は,数学教育学をよりグローバルな視野から捉え直す好機でもあります.日本国内でのジェンダーの問題も,国や文化,社会が異なれば,異なる問題が複雑に組み合わさっていることが見えてきます.だからこそ,私たちは学校教育で学ぶべき「数学」とは何か,「数学」を学ぶということはどういうことかを問い直す必要があると強く思うのです.