ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

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ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」 教材の評価と展望(JSPS科研費 JP18K02942)

ジェンダーの視座を活かした「実世界と結びついた数学」教材の評価と展望 瀬沼花子
水谷 尚人
国立教育政策研究所教育課程調査官、文部科学省教科調査官
水谷 尚人
Naohito Mizutani
筑波大学大学院修士課程教育研究科教科教育専攻修了, 愛知淑徳学園愛知淑徳高等学校教諭, 筑波大学附属中学校教諭, 近畿大学教職教育部准教授を経て
現在,国立教育政策研究所教育課程センター研究開発部教育課程調査官,(併)文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官
実世界と数学を結び付ける教材の映像化
~NHK Eテレ「アクティブ10 マスと!」の紹介~

平成29年に告示された学習指導要領は,子供たちが未来社会を切り拓くための資質・能力を一層確実に育成することを目指している。算数・数学科においても,数学のよさを知り,数学的に問題を解決する楽しさを味わうことから,数学を生活や学習に生かそうとする態度を養うことをねらいの一つとしている。このような考えのもと,数学的に問題発見・解決する過程を子供の学習過程に反映することが重要であり,その過程は,数学の事象に関わる過程とともに,日常生活や社会の事象に関わる過程を重視している。

日常生活や社会の事象について,数学を用いて考察することが重視される中,NHK Eテレにおいて,「数学(math)と一緒ならより生活が楽しくなる! 生きるためにマストな数学力を身につける番組」をコンセプトとして「アクティブ10 マスと!」が企画された。とある中学校に通う主人公たちが,ちょっとした問題に直面する日常をミュージックビデオ風に紹介しながら「いったいどんな問題に悩んでいるのか,どうやって考えればよいのか,どうすれば解決できるのか」などについて,ゆっくりと紐解いていくのである。番組視聴者のターゲットは「数学がちょっと苦手な中学生」とされ,「苦手な数学がちょっと好きになった!」,「みんなで問いについて議論したい!」,「数学的に考えるって大切なんだね」という気持ちにしていくことを目指している。10代の日常にありそうなテーマを設定し,生徒に問いを投げかけ,身近な問題として考えてもらうのである。番組は,「問いを考えるパート」,「問いを提示するパート」,「見通しを立てるパート」,「理解を深めるパート」,「発展的な問いを提示するパート」の5つのパートで構成されている。メインコーナーである「問いを考えるパート」では,番組のテーマソングにのせて,数学的に考えたくなる生徒の日常をミュージックビデオ風に描き,主人公がどんなことに悩んでいるのかを視聴者に考えさせる。このパートで,事象を数理的に捉え,数学の問題を見いだすことを具体化しようとしている。例えば,放送リスト第4回の「標本調査」では,主人公が「給食のメニューにピザを加えることを約束します!」と宣言して生徒会長に立候補したクラスメイトからの相談内容が問題となる。一週間後の選挙結果発表を待たずに,「明日投票が終わってすぐに結果がわかる方法はないかな」という難題が主人公に突きつけられる。主人公は「あの方法なら(できるのではないか)!」という予想を立てる。

次の「問いを提示するパート」では,先のパートの映像で提示されている数字や条件を振り返って整理し,問題が提示される。立候補者は3人で,当選の条件は,①得票数がいちばん多い。②無効票を除いた全体のうち60%以上の票を獲得。③2位との得票数の差が300票以上。全校生徒は1025人もいるが,主人公は,どんな方法を思いついたのだろうか。

これに続く「見通しを立てるパート」では,解決の方法に対する見通しを立てるように促す。主人公の机には『標本調査』という言葉が書かれており,一部を調査して推測する方法についてのヒントが出る。さらに,「無作為に抽出」「割合で比べる」といったヒントを出しつつ,問題を焦点化していく。

その後のアニメパートでは,集団の一部を取り出して調査し,全体の傾向を推測する方法を,「標本調査」ということ,全体の数が多くて調べるのが難しいときに便利であることを紹介する。そして,今回の全体の数は,全校生徒1025人になり,全員に聞いて回るのは大変であることから,投票を終えた生徒の一部を調査の対象にすることや,声をかけた生徒の集合が「標本」で,推測したい全校生徒は「母集団」と呼ばれることなどを解説する。

その後,主人公が投票所の出口で標本調査を行う場面があり,100人に聞いた結果をクラスメイトに報告する。クラスメイトは,58票。B候補は28票。C候補は10票。そして4票が無効だったという調査結果から母集団の割合や票数を計算して推測すると,当選の条件を満たしているかどうかが見えてくる。「①得票数がいちばん多いのは,クラスメイト。②クラスメイトが獲得した票は,58/96で全体の約60%。③全体の人数1025人は調査した100人の10。25倍だから,クラスメイトの得票は58×10。25=594。5で594人。B候補が287人。その差は307人」と主人公は推測する。当選のための3つの条件を満たしていることから喜ぶクラスメイトの姿が見られる。

「理解を深めるパート」では,「MATHのある風景」と題し,各回の学習事項に関わる様々な事象を映像により紹介している。ここまでで学んだ知識が活用されている場面を用いて,概念的な理解を促すことを意図している。「標本調査」の回では,「海水が安全かどうかを確かめるため,毎年行われている水質調査。すべての海水は調べられません。そこで,数か所の海水を採取し,菌や油膜がないかなどを調査。その結果が基準を満たせば…。海水浴場の海開き。――海の恵みが詰まった缶詰。安全性,味,見た目を調べるために製造過程で欠かせないのが,標本調査。缶詰ができあがるまでに,何度も無作為に抽出し,検査を行います。一日4万缶を安心して出荷できるのも,標本調査のおかげです」と紹介している。この場面を視聴することにより,学んだことと日常や社会の事象との結びつきの一端を知ることもできるであろう。

最後の「発展的な問いを提示するパート」では,統合・発展を目指して,新たな問いが提示される。生徒会長の選挙結果「当選は2年生のB候補」であった。くやしそうなクラスメイトが「ちゃんと調査したの?」と主人公に問い詰める。「うん。いろんな学年の人に聞いたけど,柔道部の人がなぜかすごく来てくれて,たくさん答えてくれたかな」と答える主人公。「柔道部か…」とつぶやくクラスメイト。「きちんと標本調査をしたつもりだったけど,どうすれば正確な調査ができたのだろうか」として番組の本編は終わる。

このような映像をもとにした実世界と数学を結び付ける場面の紹介により,生徒が数学と社会との関連についての理解を深め,数学で学んだことを身の回りの出来事などに生かしたくなるであろう。また,番組を通して,周りの人たちと共に考え,学び,新しい発見や豊かな発想が生まれるような活動を仕組むこともできるであろう。

単にでき上がった数学を知るだけでなく,事象を理想化したり抽象化したりして数学の舞台にのせ,事象に潜む法則を見つけたり,観察や操作,実験などによって数や図形の性質などを見いだし,見いだした性質を発展させたりする活動などを通して数学を学ぶことを重視することが大切である。本番組は,日常事象を数学の舞台にのせることを丁寧に扱い,問題発見・解決の過程を番組の構成に反映させようとする意図が見られる。本番組を利用することで,実世界と数学を結び付ける機会を豊かにするとともに,数学的に考える資質・能力を養う方策を考える一助としたい。


引用・参考文献
文部科学省(2018).中学校学習指導要領解説(平成29年告示)解説数学編.日本文教出版株式会社.
NHK for School.アクティブ10マスと!.令和4年2月14日最終確認( https://www.nhk.or.jp/school/sansuu/active10_mathto/ )